秋も深まったある日のこと。
暖かな陽射しを浴びながら、が歩いていると、前方に見知った影を見つける。
「斎藤さん!?」
「…………ああ、か。」
「こんな所で何してるんですか?」
斎藤は沿道脇の草むらに分けいって、何かを取っているようだった。
「榎本さんに頼まれた。」
「……何を?」
「いつもはあの人自身で出向くんだが…」
イマイチ会話がかみ合わない事に、は少し苛立ちを覚える。
「これ………」
斎藤が手にしたものを、差し出し見せる。
「薄…?」
「ああ、今度店で使うそうだ。六日の夜店に来い。」
「六日……」
その時はふと、同じ様な光景があったことを思い出す。
確か七夕の時だった…。
「そういえば、あの時榎本さんも、こんなことしてたっけ。」
「……あの時?」
「七月にね、川原で何か探してたんだけど…。」
「文月に?」
斎藤は少々考えた後、に向き直る。
「七夕の宴の為に柳を調達しに行った時の事か。」
何故自分で調達しに行くのだろうか。
部下に命令すれば、簡単な筈なのに……
「榎本さんは、小道具にも拘りを持っているから。」
「えっ…!?」
口にしていない筈の思いに返事が返ってきて、は驚く。
「聞きたそうな顔をしていた。」
「そ…そうですか。」
やはり斎藤一は、侮れない男だ。
六日の夜、招待を受けた四人は、倶楽部五稜郭を訪れる。
そこでは、久しぶりに和装の彼らが待ち受けていた。
「やあ!来てくれて嬉しいよ。今宵は楽しんでいってくれたまえ。」
と、入り口で榎本が迎えるなり、四人は各々別の場所へと案内された。
店内にも、そして庭にも、斎藤が用意した薄が揺れている。
窓からは綺麗な満月が輝いているのが見える。
原田が各テーブルに団子を運んでいる。
榎本はその団子に早速手を付けた。
「君も召し上がれ。」
「はい。」
ふと、団子を頬張る榎本を見ると、髭に醤油が付いている。
しかし、榎本本人は気付いていないようだ。
伝えるべきなのか……
は躊躇していた。
「これを使うといい。」
隣から声を掛けられ、声のする方を見やれば、斎藤が何時の間にか座っており、手拭を差し出している。
「さっ…斎藤さん!」
「榎本さんを頼む。」
そう言って手拭をに渡すと、斎藤は席を立ち、戻っていってしまった。
はしばし迷った後、意を決して手を伸ばした。
「榎本さん、失礼します。」
「……………?」
さっと髭を拭き取ると、榎本は少し照れた様に笑った。
はその笑顔に不覚にも、少しドキッとしてしまった。
「心遣い感謝するよ。しかし…恥かしい所をお見せしてしまったね。」
「ふふっ…」
ほんわかと心の奥が温かくなるような、そんな空気を感じ、二人はくすくすと笑う。
その反対のテーブルでは、が首を傾げていた。
他のテーブルには運ばれている団子が、このテーブルにだけ来ないからだ。
どうやら原田が意図的に、このテーブルを避けている気がする。
その証拠に、先程からと視線を合わせないように、そそくさと去っていくのだ。
「……………?」
「君?どうかしたのかい?」
「あ、いえ。ちょっと原田さんの行動が不自然だったので…。」
その答えに山南は苦笑する。
「訳あって、私が原田くんに頼んだんだよ。」
そう言って山南は、包みを取り出しテーブルの上に乗せた。
「これは……」
包みを開くと、中から団子が表れた。
少々形が歪な気がする。
「実は今日の為に作ってみたんだ。」
「山南さんが!?」
「島田君に習ったんだが、これが中々難しくてね。」
苦笑いしつつ、団子を手に取ると、の目の前へと運ぶ。
「食べて貰えるかな?」
「えっ……!?」
食べる事には抵抗はないが、この体勢は、明らかに山南に食べさせてもらう…という状態である。
「あの……自分で食べますから…」
慌てるに、山南は目を伏せがちに呟いた。
「私の手から食べるのは嫌だよね…」
「うっ……」
ズルイ……とは思った。
「た、食べますから…!!」
「本当かい!?」
一瞬にして、山南の顔が明るくなる。
山南の駆け引きにまんまと掛かったは、渋々口を開け、山南に団子を食べさせてもらうのだった。
一方庭では、容保とが月夜を眺めていた。
しかし、容保は外に出てからというもの、月ではなくこちらばかり眺めている。
その視線に耐えられなくなったが、視線を月から容保へと落とし、口を開いた。
「あの……容保さんは月は見ないんですか。」
「ああ。」
「でも、折角の十五夜なのに。」
すると容保は柔らかく笑って、言葉を返した。
「今宵はそなたを眺めていたいのだ。月は今でなくとも見られるが、そなたは違う。」
「………………!!」
その視線と言葉に射竦められ、は身動きが取れなくなった。
「どうした?寒いのか?」
が返事をする前に、その身体は容保の腕の中へと納まっていた。
「かっ…容保さんっ…!」
「やはり月夜は冷えるな。だが、これなら大丈夫であろう?」
もはやは、完全に言葉が出なくなっていた。
そしてバルコニーでは、が土方と月を眺めていた。
「晴れて良かったですね。」
「ああ。それにしても少々妬けるな。」
「………?」
土方が何に妬いているのか、今一つピンとこないは首を傾げた。
店内や庭先で仲睦まじく月を眺める者達の事だろうか。
思考を思い巡らせているを見て、フッと笑うと、土方は視線を月へと向けた。
「月に嫉妬してるのさ。」
「月に……ですか?」
「そうだ。」
頷くと、土方は真直ぐの瞳を見つめる。
「今宵の月は、お前の瞳を独り占めしているだろう?それが妬ましいのさ。」
「……………っ!!」
自分の気持ちを直球で投げてきた土方に、はうろたえた。
「なっ…何言ってるんですか!あっ…そうだ!!お団子食べましょう!」
は話題を逸らそうと、焦って団子に手を伸ばした。
そして団子を頬張って笑って見せる。
「美味しいですよ。ほら、土方さんも食べませんか?」
「そうだな……」
そう言って手を伸ばした土方は、団子ではなくの手を取った。
「えぇっ…!?」
思わぬ出来事に、の声が裏返った。
の手を取った土方は、そのまま彼女の指を口に含み、舐めたのだ。
「手に餡が付いていた。」
そしてニヤッと笑う。
「確かに旨いな。」
「…………っ!!土方さん……」
折角の十五夜であったが、四人とも月を愛でるどころではなくなったのであった。